バングラデシュの南部は、ベンガル湾に注ぐ大河がいくつにも分流し、陸上交通がまったく不便なところです。ダッカはガンジスの支流であるブリゴンガ川に面していますが、オールドダッカのショドル・ガート(中央埠頭)から南部の各地へ向けてフェリーが出ています。2階・3階建ての大型船が何隻も接岸し、いつも大変なにぎわいを見せています。

ダッカから南西部の大都市クルナ(Khulna)まで、季節と水量によって所要時間は変わりますが、丸1日から3日かけて行く、ロケット・スチーマーという船便があります。あまりにも時間がかかるので実用的ではありませんが、川から見るバングラデシュはまた格別と言うことで、一度は乗らなきゃ損と言われています。
私がダッカ・クルナの船に乗ったのは1996年11月のことでした。
「ロケット・スチーマー」は毎日出ているわけではありません。大小2隻の船で運行していて、エアコン付き1等船室のある大きい方の船は、P.S.マスッドという外輪船(船の両側についた水車のようなパドルで進む!)です。私が乗ったのはこちらです。
1等船室のチケットはガート(埠頭)では手に入りません。モテジールのビマン航空オフィスの脇にあるBIWTC(Bangladesh Inland Water Transport Corporation:バングラデシュ内航水運公社)の本社に直接行ってスケジュールを確認し、予約を取らなければなりません。道路のロータリーを背にしてビマン・オフィスの右側の通りを少し入ると、右側に「舵輪の中にスクリュー」のBIWTCの看板が出ています。オフィスはこのビルの2階です。政府の事務所ですから午前中に行かないと閉まってしまいます。ここで「ロケットスチーマーはどこだ?」と聞けば、担当者のいるブースに案内してくれるでしょう。明日かあさってに出る船はないかと聞く私に、穏やかな顔の初老の役人はスケジュールが記された大きなノートのページをめくりながら、小さい方の船は外国人の観光にはお勧めできないといいます。私は日程を少しずらしてマスッド号に乗ることにしました。ダッカ→クルナ1等船室のチケットは915タカ(約\2500)でした。(食事代は別です。)
ロケット・スチーマーが出るのは、正確にはショドル・ガート(中央埠頭)ではなくて、500メートルほど上流にあるバダムトリ・ガートです。アッサン・モンジール(昔のノバブ(Nawab:領主)の宮殿が博物館になっている)のもう少し先です。ショドル・ガートのようにゲートがあるわけでもなく一見するとわかりにくいところです。

▲アッサン・モンジールから望むブリゴンガ川

P.S.マスッド号は1928年(昭和3年!)カルカッタで建造されました。まさに動く文化財です。1985年にディーゼルエンジンに載せ替えられたので、今では正確な意味での「スチーマー」ではありませんが、外輪船を意味するP.S.(Paddle Steamer)を名乗っています。ふつうの汽船はM.V.(Motor Vessel)です。幅の広い2階建ての船で、1階は3等、2階の後半部分が2等(エアコン無し寝台)、前半部分が1等です。中央にテーブルの並べられたラウンジ兼ダイニングがあり、これを取り囲むように船室が並んでいます。正確に覚えていませんが、全部で10室ぐらいあったと思います。
1人部屋が2室で、あとは2人部屋です。ニスで塗られたアンティークな木造の船室ですが、ベッドには洗濯されたシーツが掛けられていてこぎれいです。

ラウンジにはテレビも置いてあります。2階の最前部は1等専用の展望デッキになっていて、2等以下の乗客は立入禁止です。(イギリス領時代は白人専用だったんだろうな。)風呂は、残念ながらありません。共同のシャワールームがありますが、川の水かな?


ダッカを夕方に出て、ディーゼルのゴロンゴロンや、パドルがシャパシャパ水を掻く音を聞きながら眠りにつきます。(蒸気エンジンの時代はさぞかし優雅な音がしていたんだろうなあ。)
目が覚める頃にはボリシャル(Barisal)。それから1日、のんびりのんびり川の船旅です。バスや鉄道の旅と違って騒音も砂埃もありません。川から見る村々の景色も道路からのそれとは異なって、静かでみずみずしい。水の国バングラデシュを実感できます。



▲わずかに残るマングローブの岸辺
船は何度も支流に分け入り、狭い水路を通っては、また大きな川に出ます。
一般的には、河川交通に昔ほどの賑わいはなくなってきています。ダムや潅漑で川の水量が下がり、砂の堆積が増して河床が上がっているためです。しかしスチーマーの行くここ南部でそんなことは感じられません。途中で停船する小さな船着き場の賑わい、乗り降りする3等の人々。川を行く大小の船。ダッカからの客船、貨物船、ポンポンエンジンの小舟、漁師の舟、ヤシの実を満載した船、渡し船。濁った川面をゆるりゆるりと流れるホテイアオイ、飛び跳ねる川イルカ。













ぼーっと川を眺めるもよし、1階の人々やエンジンルームを探検するもよし、外輪の覆いを上って行くと屋上の操舵室に行けます。

▲停船中に外輪を点検する

▲エンジンは1基

▲フライホイールと減速機
船長さんの話によると、1985年に蒸気エンジンからディーゼルに改造された当初は、油圧システムを使って左右の外輪を独立に動かすことができたのが、故障が多かったので現在の左右直結の機械式減速機に改められたのだそうです。操舵室には当初の左右独立になった操作パネルがそのまま残っていました。

▲屋上へ

▲お祈り中の皆さん

▲操舵室
1等には給仕が4人ほどついていて、食事の注文を取りに来ます。インディアンとウエスタンが選べますが、ウエスタンと言ってもカレー風味のグリルドチキンでした。インディアンは量が半端じゃないです。4回食事をとることになるのですが、メニューはこの2種類しかありません。食事代は全部で600タカほどでした。



▲「あ、川イルカ!」気付いた時はもう遅い。


川に沈む夕日を眺め、夜の港町モングラを出ると、終着のクルナです。

▲モングラ港