15.時刻表はどこに

 鉄道の駅にも本屋にも、時刻表など鉄道関係の資料が置いてあるのを見たことがありません。地図には主要な駅しか載っていないし、ダッカ駅の掲示板にはダッカ発着の列車しか出ていません。私はバングラデシュ鉄道の全貌をつかみかねていました。
 チッタゴンに一ヶ月ほど滞在して仕事をしていたときのこと、現地人スタッフの一人に「鉄道の路線図とか時刻表は手に入るのだろうか」と聞くと、「親戚に鉄道の役人がいるのでそこに聞いてみれば手に入るかもしれない」とのこと。
 2、3日して持ってきたのは、東部地区の、「ワーキング・タイムテーブル38号」と書かれた鉄道員用の時刻表でした。96年の最新版でした。100ページ足らず。かすれた印刷で、いかにも内部資料のコピーという感じのものです。駅名はアルファベット3文字程度の略号で表示され、主な駅以外は見当がつきません。
 ワーキング・タイムテーブルには路線図も料金表もなく、全ての駅での到着・発車時刻が通過駅も含めて記入されています。反面、全ての駅に時刻が入っているので、どこに停車するのかが判然としません。また、1本の列車がいくつもの区間に別れて載っているので、鉄道を利用する側からは大変見づらいものです。
 再び、「全駅名の分かる資料はないだろうか」と訪ねると、一つ古い「タイムテーブル37号」を持ってきました。こちらは94年版です。ベンガル語で印刷されていて、駅名も全て入っています。紙質、印刷とも38号より数段ましです。「最近の時刻表は質がだんだん悪くなってきている」ということでした。
 ともあれ、東部地区の駅名については資料がそろったので、空き時間を利用して、まずは路線図の作成にとりかかり、続いて「日本風」時刻表をダッカ・チッタゴン間から作っていきました。
 チッタゴンからの帰りは、これを手にインターシティ列車に乗りました。以前はただ点から点への移動であった旅が、このときは路線図という座標軸にそって通り過ぎる街や川を、バングラデシュの国土という一つのイメージの中に位置づけることができました。

 西部地区で最も大きい都市といえばクルナ(Khulna)です。クルナの駅から列車に乗る前に駅長室を訪ねてみました。通票(タブレット)を発行する古びた黒塗りの機械が置かれています。大きなデスクで執務中の駅長さんと話しました。国はどこだとか、お決まりのやりとりの後、「時刻表を見たいのですが」と聞いてみました。駅長さんはデスクから青い表紙の時刻表を取り出して見せてくれました。初めて見る西部地区の時刻表です。「これ、いただけませんか?」と聞くと、「1部しかないのであげることはできません」とのこと。ではどこへ行けば手に入るのでしょうかと聞くと、ラジシャヒのセンター・コントロールへ行けば余分があるかもしれないとのこと。
 後でわかったことですが、西部地区の列車はラジシャヒを中心に運行されています。管制センターはクルナではなくラジシャヒにあったのです。ラジシャヒはこれから列車で向かう街です。これは好都合。
 翌日、ラジシャヒ駅へ。その裏手のセンター・コントロールを訪ねました。広い敷地に建物が散らばっていて、時刻表のことは誰に聞けばいいかとたずねてあちこち回り、とうとうその人のところに行き着くことができました。広い部屋に一人だけ、両袖の大きなデスクに座った、見るからにランクの高そうなお役人です。「ダッカからクルナを回って鉄道で旅してきました。時刻表を分けていただきたいのですが」と聞くと、「外国人旅行者用の英語版時刻表は切らしてしまってありません」とのお答え。「クルナ駅でベンガル語のワーキング・タイムテーブルを見せてもらったのですが、あれはありませんか?」と再び聞くと、「あなたはベンガル語がわかるのですか。ベンガル語を勉強なさったことに敬意を表して1部差し上げましょう」と言って青い表紙の時刻表を譲っていただけました。西部地区タイムテーブル38号、96年11月改正の最新版でした。私は何度も何度もお礼を言ってその場を後にしました。


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