私にとって見慣れたダッカの街も、列車からはまた違って見えます。
コムラプール駅を出ると、線路は西へカーブします。列車はボスティ(スラム街)を抜けていきます。並行する道路沿いには歩道の塀にバラックを差し掛けて人が住み、腐った池の上には竹小屋がひしめき合っています。

ダッカから次の駅、テズガオン(Tejgaon)までの区間はずっとこんな具合で保線の状態が悪く、時速15キロでゆっくり通過します。枕木の間の土は歩く人に踏み固められ、砂利は見えません。線路端には店も並び、まさに線路に人が住んでいるという感じです。

スラム街の向こうにバングラデシュの最高級ホテルであるショナルガオン・ホテルがそびえ立っています。何とも言えぬコントラストです。


線路が再び北へカーブし、カウランバザールの市場を左手に見ると、ここから先のテズガオンは工業地区です。ナビスコやペプシの工場、溶接ガスのBOC(バングラデシュ酸素)、ポリテクニク(工業短大)などの学校・研究機関が並んでいます。しかし、テズガオン駅周辺はまだまだスラムの延長といった感じです。この駅は貨物ターミナルになっていて、たくさんの貨車が並んでいます。

テズガオン駅を通過して、大きなトタン屋根の平屋が立ち並んでいるのが目に入ってきます。これは地方から力車夫などの出稼ぎに来た人たちが雑魚寝で泊まっている宿です。

テズガオン駅を出た列車がモハカリの踏切を過ぎると、進行方向左手は広大なカントンメント(Cantonment:軍隊の駐屯地)です。木立に囲まれた一戸建ての官舎には高級軍人が住んでいます。いい暮らしをしてます。あ、軍事施設は撮影禁止ですから注意しましょう。
まもなく列車はボナニ駅を通過しますが、うっかりすると見落としてしまうような小さな駅です。ボナニは数年前まで日本大使館があった高級住宅地ですが、ここに住む人たちにローカル列車はまるで縁のないものです。1日に停車する列車は上下合わせて6本という有様です。カントンメントの景色は、一般軍人が住む団地へと変わります。右手には海軍本部や軍のスタジアムが見えてきます。
列車は右へカーブしてダッカ・カントンメント駅に入ります。戦車や大砲が貨車に乗っていたりします。ここを過ぎると車窓からは田圃が目につくようになります。雨季なら湖のように見えることでしょう。しかしこのあたりは急速に宅地化が進んでいて、トラックで土を運んできては、あちこちで田圃を埋め立てています。いずれ住宅で埋め尽くされてしまうのでしょう。線路はジア国際空港の東に沿って北上します。左手を、バスやトラックが行き交うマイメンシン街道が併走します。空港正門の近くにビマンボンドル(空港)駅があります。1996年当時はローカル駅だったので空港への足としては全く役に立ちませんでしたが、2002年現在ではほとんど全ての旅客列車が停車するようになりました。
空港駅

列車は新興住宅地ウットラ・モデルタウンの東を通り、トゥラグ川を渡ってトンギ駅に入ります。ダッカからの複線区間はここまでで、マイメンシン(Mymensingh)方面は北へ、チッタゴン方面は東へと分岐していきます。街の景色も終わり、ここから田舎が始まります。
