バングラデシュのリキシャ

ロブ・ギャラガー著

第1章:バングラデシュのリキシャ

1.1 百万台のリキシャ?

 ダッカには何台のリキシャがあるかと友人に聞いたところ、次のような話をしてくれた。

 昔、ある王様が家来に「城下には何羽のカラスがいるか」と尋ね、もし正しい答を出すことが出来なかったら首をはねると付言した。

 家来はしばし熟慮した後、「王様、それでは申し上げますが、もし私の答を信用できないとおっしゃるのなら、いつでもご自分で数をお数えになって下さい」と返答した。

 「馬鹿者が、」と王様は叫んだ。「私にどうやって数えよと言うのだ、直ちに答を申せ。」

 ふたたび家来は、「では王様、城下にはきっかり九万九千九百九十九羽のカラスがおります。王様がお数えになって、もしもこれより少なければ、いくらかよそへ飛んで行ってしまったことは明白であり、もしもこれより多ければ、いくらかよそからやって来ているのでございます。」と答えた。

 王様は笑って、「賢い男よ。ともかく首はそのままとっておけ」と言った。

 ダッカに何台のリキシャがあるかは誰にもわからない。まして、バングラデシュ全国のことなど言わずもがなである。政府の統計はほとんど当てにならないが、他には知るすべもない。一例を挙げると、1987年には8万8千台のリキシャがダッカ市に正式に登録されていた。しかし、この他にも膨大な数の未登録のリキシャが存在し、種々の政府機関や新聞記者は、真の台数を15万から20万台としている。

 全国で見ると、公式統計と現実との開きはさらに大きくなる。何人かはその著書で、バングラデシュ全土には80万から100万台のリキシャがあると推定しているが、政府の統計ではこのわずか4分の1が認知されているに過ぎない。

 公式統計はなぜこれほど不正確なのだろうか。この主な理由は、毎年のリキシャ免許の発行数を制限するという政府の政策によるものであり、これはバングラデシュのほとんどの都市で実施されている。この目的は、リキシャの台数を抑制し、これによって交通渋滞を軽減することである。しかし、未だかつてこの政策が成功を収めたことはない。リキシャの台数はその需要が高まるのに伴って増加を続け、手に入らない正式な免許に代わって偽造免許を売りさばくブラックマーケットが出現した。

 このため、公式統計は現実とは何の関係も持っておらず、また統計さえ取られていない地域もある。1982年には78のウポジラでリキシャの免許が全く発行されなかった。しかし、そのほとんどでは多少なりともリキシャが存在していたのである。したがって、バングラデシュのリキシャの台数を推定したいのならば、他の方法に頼らざるを得ない。

 私自身の推計では、1988年の全国のリキシャは、合計70万台である。私は以下に述べる方法でこの数字を導き出した。まず、様々な都市で地元の人々に話しかけ、自分自身でも観察を行って、各都市でのリキシャの台数を推定した。つぎに、リキシャの台数を各都市の人口と比較して、人口千人当たりのリキシャ台数を求めた。その結果は、ほとんどの都市で千人当たり30から70台のリキシャがあることを示していた。そして、この結果をバングラデシュの全ての都市部に当てはめた(Table 1.1)。

 一般に、リキシャ/人口比はロングプールやコミラ、シレットなどの地方都市で、主要都市であるダッカやチッタゴンよりも高くなっている。これは、前者では自動車交通がわずかしかなく、ほぼ完全にリキシャに依存していることによる。一方、この比率は地方の小都市では逆に低い。これは、移動距離が短く徒歩で容易に往来できるためである。また、学校、事務所、工場など交通をつくり出す活動も比較的少ない。

 これをもとに、千人当たりのリキシャ台数を、ダッカ、チッタゴン、クルナでは38、大地方都市では45、小地方都市では35と推定した。ここから、1988年のバングラデシュ都市部でのリキシャ台数は約50万台という値が得られた(Table 1.2)。

 この数字は非常に大ざっぱなものではあるが、多数のリキシャを有するインドの都市から得られた数値と比較すれば、上記の比率は妥当であると思われる。たとえば、1980年にはカンプールとパトナで千人当たりのリキシャ台数が各々33台、39台であった。

 村落部でのリキシャ台数を推定することは、ウポジラごとに状況が非常に異なっているため、さらに難しい。単純化のため、1988年のウポジラ当たり平均のリキシャ台数を500台と仮定した。その結果、村落部のリキシャは合計18万台という値を得た。

 これを合わせると、1988年のバングラデシュのリキシャ台数は約70万台であったことになる(しかも、これは控えめな推定である)。大多数のリキシャは都市部に存在している。ダッカとチッタゴンで、おそらく全国合計の約40%を占め、上位13都市で約57%を占める。意外なことに、村落部のリキシャは全体の25%足らずと多くはなく、そのほとんどが、半ば都市的なウポジラ役場の周辺に群がっているのである。

1.2 リキシャのバングラデシュ経済への寄与

 バングラデシュ統計局によると、1985年から86年に、リキシャは運輸部門での総付加価値の34%、およそ98億4千万タカを生み出している。これは全ての自動車交通の2倍以上、バングラデシュ鉄道の12倍、バングラデシュ・ビマン(国営航空)の12.5倍であった。

 この数字そのものには疑問が残るが(たとえば、リキシャの寄与度は水上交通のそれよりも大きかったのだろうか)、誤差の範囲を考えても、バングラデシュ経済におけるリキシャの重要性を疑う余地はない。それは我々の目にもはっきりと見える。ダッカでは、リキシャは他のいかなる交通手段よりも数多く存在しており、バングラデシュのどの都市でも同じことが言える。本書の後段で、リキシャがダッカの車両総数の半数以上、旅客の70%、輸送量(人・マイル)の43%を占めるという推計を行っている(第5章)。毎日ダッカでは約700万回のリキシャ乗車が行われ、輸送量は1100万人・マイルを上回っている。これはロンドン地下鉄の輸送量の2倍に迫るものである。さらには、この数字にはリキシャによる貨物の輸送が含まれていない。

雇用

 リキシャはバングラデシュ最大の雇用源のひとつである。現在、100万人以上の人々がそこに職を見いだしている。大多数は車夫であるが、他にもミステリ(修理職人)、所有者、製造業者、自転車部品の販売業者、茶店の所有者など様々なものがある。これらの人数を推定することは、リキシャの台数の推定よりも難しい。ある場合、リキシャを引くことは季節労働であり、車夫は1年のある時期には農業やその他の仕事に従事する。また、リキシャ1台に複数の車夫が雇われている街もある。たとえばダッカでは、ほとんどのリキシャが車夫2人の交代制で運用されている。私たちはどうすれば、このような状況にある雇用を見積もることができるのだろうか。

 いくつかの街での調査から、交代制は大都市では多いが、村落部ではきわめて希なことがわかった。つまり、交代制は都市の規模とともに増加する傾向がある。コミラではリキシャの約33%が交代制で運用され、ラジシャヒとクルナでは約60%、ダッカでは約90%が交代制である。しかし、これには多くの例外があり、たとえばシレット、マイメンシン、ロングプールでは交代制は全く行われていない。(第12章参照)

 全国を大まかに平均すれば、村落部ではリキシャ1台当たり車夫およそ1.0人、ダッカとチッタゴンでは1台当たり約1.8人と推定することができる。小さい街や都市はこの中間のどこかに位置する。これにリキシャの台数を掛け合わせると、バングラデシュには合計100万人の車夫がおり、そのうち半数はダッカ、チッタゴン、クルナにいるという結果が導かれる。(Table 1.3)

 さらに、所有者、ミステリなどの付帯的な職業も存在する。これは全くの推量だが、リキシャ10台当たり、都市部では4人、小都市と村落部では3人の関連従事者がいると仮定する。バングラデシュ全体では、おそらく25万人の人々が関連職種に従事し、したがってリキシャ産業全体では125万人を雇用しているとみられる。

 これは膨大な量の雇用である。リキシャ引きは、手織り産業(85万人、1978年)や、近代工業全体(50万人、1985年の政府登録工場)よりも全国的に重要なものとなっている。

 特定の地域では、リキシャによる雇用はさらに重要となる。たとえばダッカでは、労働力の23%に当たる40万人が従事しているリキシャ産業は、単一では最大の雇用源となっている。コミラでは2万6千人がリキシャ産業に従事し、全雇用の25%を占めている。

 この数字はけっして誇張されたものではない。リキシャが重要な役割を担っている他の国でも、似たような比率の労働力がそこに従事している。たとえばインドネシアのウジュンパンダンでは、1975年には17,600台のリキシャがこの都市の全労働力の20%を吸収していた。

 リキシャ産業は、バングラデシュの経済に規模相応の重要な関わりを持っている。雇用されている男子1人当たり最低3人の扶養家族がいるとみなせば、全国で約500万人、総人口の4.5%がリキシャに直接依存していることになる。これほど重要な産業部門が政府によって無視されて良いはずはないのだが…。

1.3 リキシャへのまなざし

 どういうわけか、リキシャは政府計画の枠外に置かれてきた。第2次5カ年計画(1980〜85年)の時には、300ある交通プロジェクトのどれ一つとしてリキシャに関係するものはなかった。第3次5カ年計画では、リキシャはたったの1文で切り捨てられていた。

「ペダル・リキシャ、手押し・手引き荷車などのような低速車両は、自動車両の発展に伴って、その運転技術の訓練を施すことにより徐々に撤廃されるべきである。」

 他の政府省庁も同じく近視眼的であった。たとえば産業省は、「リキシャ」について一言もふれずに自転車部品の需要に関する年間予測を立てた。バングラデシュでは自転車部品の大部分をリキシャが使用しているにもかかわらずである。労働省は運輸労働者の労働条件を規制する法律を可決させた。しかし、1961年の法令のどの一節としてリキシャの車夫に適用されるものはない。

 なぜリキシャはこれほど完全に見落とされているのだろうか。公平にいうならば、あらゆる非公式部門の活動は政府の思考の枠外に置かれる。なぜならば、意志決定者たちは、

「機械化による近代化と、新しい物との置き換えによる変革を唱える発展のイデオロギー」を持っていて、「田舎の舟、サイクル・リキシャや牛車は、このイデオロギーの中ではほとんど居場所を持たない。それらは、改良が求められている田園地帯の財産というよりも、むしろ遅くて、時代遅れで、原始的で、非生産的で、バングラデシュが急いで抜け出そうとしている時代の遺物であるというふうに、避けがたく見なされるのである。」

 しかし、もし伝統的な活動が見落とされる傾向にあるなら、敵意は特にリキシャに対して向けられる。多くの人々は、リキシャを低開発の象徴であるという理由で嫌っている。「それは国のイメージを汚している」と新聞へ投書した者もいる。「リキシャはダッカの離れ業的な都市開発への奮闘ぶりを際立たせている」と新聞の社説は書いている。「無認可リキシャの絶えざる増加のおかげで、ダッカ市は世界一遅い都市である」と地方自治体の大臣が1986年に言っている。

 このような見解はとうてい公正であるとは言いがたい。1986年のロンドンでは、夕方のラッシュ時の平均交通速度は結局のところ毎時わずか11.6マイルで、リキシャが出せる速度よりも低かったのである。しかし多くの人々は偏見のために盲目になっている。

 リキシャを捨て去りたいという願望を正当化するために、リキシャ引きは「非人道的」で、「不健康で品位を落とす」ものだと1980年のバングラデシュ・タイムズは書き、1985年のニュー・ネイションは「人道主義的問題」であると書いている。1986年に内務大臣は、リキシャはその労働が非人道的であるので、ダッカから段階的に撤退すべきだと宣言し、「子供の車夫も社会復帰させ、名誉ある方法で暮らしを支えられるようになるべきだ」と言った。

 しかし、リキシャ引きは「不名誉な」職業なのだろうか。バングラデシュには同じくらい辛い仕事が他にいくつもある。レンガ砕き、頭や肩に載せての物運び、舟漕ぎ、荷車引き、鍛冶屋、鋳物工場、パン焼き場での労働。しかし、これらの仕事を廃止せよとは誰も言わない。

 もしも我々が本当に車夫の身になってやるのなら、彼等の努力に対してもっと多くを支払っても良いはずだ。しかし否、我々リキシャに乗る者は1タカ2タカを厳しく値切り、多くを求める車夫には不平を言う。バングラデシュ・タイムズへの寄稿者は次のように書いている。

「…リキシャに乗ったなら法外な料金を払うことになる。車夫の要求をのむことを拒否すると、彼等は髪を逆立てて怒るばかりでなく、くだらない議論をする。このような目に遭わないために、リキシャの客は普通は車夫の要求に屈するのである。」

 偏見から人々は、全ての都市交通問題をリキシャのせいだとして非難し、さらには多くの社会問題についても同様な非難を繰り広げる。たとえば、1986年に内務大臣との会談で、上級警察官らは「多数のリキシャと欠陥(自動)車両がダッカ都市圏での渋滞と交通事故の2大原因である」と断定した。多くの新聞寄稿者がこの見解に同調した。

 ニュー・ネイションへの別の寄稿者は、リキシャが都市への大量の人口流入と都市スラムの拡大を引き起こしているとして非難し、「農民が深刻な危機に置かれている一方で、この膨大な人口は都市に住宅問題を引き起こし、安寧秩序を脅かしている」と書いている。

 本書ではこの後、リキシャに対するこれらの態度を検討し、正当化できるかどうかを見てゆく。しかし、まず始めに全員がリキシャに対して否定的なわけではないと言うことを心に留めておくべきだろう。ボランウッディン・アーマド氏は、リキシャは安価な交通手段を提供しているとホリデイ紙に書いている。バングラデシュ・オブザーバーの編集者はこの見解に同調し、「それらはこの都市(ダッカ)で他のどんな交通形態も提供することのできないサービスを提供している。予見できる将来において、これに代わるものが現れる可能性は全くない」と付け加えている。

 サリム・ロシッド氏は、乗客たちが1日当たり2千万タカ(1990年の価格)も支払う意志があるのに、どうしてリキシャが「廃れる」などと言うことが起こり得ようかと問うている。これほど多くの車夫を失業させることは、「長期的に見て反生産的であることが判明するであろう」と指摘する者もいる。

 しかし、リキシャに賛成する立場で議論をする者は少数派で、政府の人々は依然として無視を続けている。もし彼等が耳を貸してくれたなら、この本を書く必要などなかったのだから。

1.4 将来に向かって

 リキシャの撤廃について話しても現実的ではない。我々が生きている間、リキシャはずっと我々と共にあるのだから、我々はリキシャと共存する方法を学び、そして最大限に利用すべきなのである。

 ダッカにさえ、リキシャに未来があることを示す理由がいくつもある。第一に、ベビータクシーミシュックのような原動機を持った競争相手よりも、リキシャはずっと安い。第二に、ある状況ではバスやテンプーよりも効率がよくなる。旅客や貨物の需要がいくつもの場所に離ればなれに散らばっているとき、一台のバスやテンプーよりもリキシャの一団のほうが経済的にそれらを運ぶことができる。(第6章参照)

 第三に、バングラデシュの全ての都市や街では移動に対する需要が急速に増大しているため、バス(あるいはテンプー)のサービスは、ほとんど需要に追いつくことが出来ない。新しいバスが導入されるのと同じ速さで需要が伸びて、いつまでたってもバスは超満員のままである。この状況において、リキシャは輸送のすき間を埋める助けになり、特に女性、子供、荷物を持った人などにとっては絶対に欠くことの出来ないものである。

 第四に、自動車交通は、交通ストライキ、石油危機や洪水によって中断される危険を常に持ちあわせている。たとえば1988年の洪水のとき、ダッカのある道路では、そこを通ることのできた車両はリキシャだけであった。したがって、多様性のある交通システムは公共の安全確保のために不可欠のものであり、リキシャは戦略的な理由により残しておくべきなのである。

 もしリキシャを撤廃したいと思っても、それが成功する見込みはない。インドやインドネシアなどの諸外国では、最も活発な撲滅運動によってさえもリキシャを駆逐することはできなかった。たとえばジャカルタでは、約5万台のリキシャが没収され、海に投げ込まれた。しかし「撲滅運動」が開始されて20年たった後も、リキシャは何千となくジャカルタ郊外を走り回っている。(第3章参照)

 バングラデシュでは、仮にリキシャがダッカから消えることになったとしても(そうなるとは思われないが)、ダッカの外に何十万台ものリキシャが依然として存在しているだろうし、現にリキシャの台数は増え続けている。我々は、リキシャには未来があるということを受け入れ、そのための計画を立てるべきなのである。

将来のリキシャの台数

 バングラデシュでの将来のリキシャ台数を予測することは非常に困難である。それはバックミラーを見て車のハンドルを切るのに似ている。それでも、将来リキシャの台数がもっと多くなるであろうことに、ほとんど疑問の余地はない。バングラデシュはリキシャが増加している唯一の国ではない。インドでは1979年の計画委員会で、リキシャ台数は130万台から2001年には220万台に増加するだろうと予測した。

 生活水準のずっと高いラテンアメリカでも、現在約30万台の貨物用三輪自転車が使用されており、その数は増加を続けている。(第3章参照)

 いくつかの仮定のもとに、バングラデシュのリキシャの台数は今世紀の終わりまでに120万台に上るであろうと私は推定している。言い換えれば、約50万台の増加である。これはたいへん大きな増加ではあるが、年率5%で増加すれば間違いなく達成される数字である。

 事実、リキシャの台数は多くの場所でこれより高い率で増加している。村落部とウポジラ役場所在地では、新しい道路ができたり未舗装道路が舗装されたりすると、ほとんど一夜にしてリキシャが現れるようである。したがって、村落部では次の10年間に年率10%の増加を仮定しても行き過ぎではないであろう。今世紀の終わりには、道路の建設やウポジラ役場所在地の開発によって、バングラデシュのリキシャのおそらく半数が村落部に所在することになるだろう。(付録1.5)

 リキシャは都市部でも急速に増加している。都市は国民人口よりも早く成長しているので、リキシャ台数について年率4〜5%の増加を見込んでもおかしくはないだろう。ダッカとチッタゴンでさえ、政府の努力に反してリキシャがいくらかは増加すると思われる。

 以上見てきたように、バングラデシュではリキシャの台数が将来もさらに増加してゆくのであるから、政府の人々はこれを受け入れ、しかるべき計画を立てる必要がある。本書ではここから、いかにリキシャのための計画を立て、リキシャと共に働く人々を助けることができるかを見てゆく。

第1部:免許制度の改革

 この本の始めに、リキシャの免許制度に焦点を合わせる。免許の発行をひかえるという政府の政策は今まで全く効果を上げていない。それはリキシャの台数を抑制するかわりに、大多数の車夫たちを不法労働の地位におとしめた。車夫たちは尊厳を奪われ、警官や腐敗した役人から不法に金を脅し取られるのを良しとしなければならなかった。しかし最悪なのは、リキシャ産業の未来から可能性を奪い取り、改善の動きを封じていることである。

 本書の第1部では、シンガポールとカルカッタの(手引きの)人力車(第2章)、続いてインド、インドネシアとその他の諸国での(サイクル)リキシャ(第3章)について見ながら、リキシャの免許制度のはたらきを、まずは歴史から検討する。第4章ではバングラデシュの免許制度を検討し、どのように改革できるかを提案する。これは政府にたいへんな額の追加歳入をもたらし、車夫たちへの仕打ちと拠り所のなさを軽減し、より誠実な行政により大衆も恩恵を受ける。しかし、とりわけ重要なのは、免許政策の改革によりリキシャ部門における様々な改善への道が開かれることである。

第2部:都市交通問題

 過去バングラデシュ政府は、道路への巨額の投資、自動車と燃料に対する低い税率と、国内自動車製造工業の開発を通して、自動車交通にたいへんな支援を行ってきた。この努力は、自動車は最も効率の良い交通形態であるから、可能な限りの方法で奨励すべきだという信念に基づいている。第2部では、これら政府の政策を検討し(第5章)、人々が思いこんでいるほど自動車は効率的かどうか(また、リキシャは非効率的であるかどうか)を検討する(第6章)。

 効率には様々の異なった側面がある。道路交通では、輸送単価、運用の柔軟性、占有する道路面積などがある。第6章と7章では、これら全ての基準において、リキシャはある種の自動車、特に乗用車、ベビータクシーミシュックよりも効率が良いことを示してゆく。しかしながら、最も効率の良い車両はバスと自転車であり、第6章ではバングラデシュの都市部でこれらの使用を増加させる方法を検討する。また、交通渋滞(第7章)と交通事故(第8章)を減少させる方法についても検討する。

第3部:リキシャの技術

 多くの人々の予想に反して、リキシャは適正技術の良い見本では決してない。逆にそれは、改良の余地を大いに残した、未完成で非効率的な乗り物である。ある人々によれば、リキシャの性能は50〜100%も向上することができる。第3部では、リキシャの技術をどうすれば改良できるかを考える。第9章では現行の設計のどこが悪いのかを調べる。第10章では、過去にバングラデシュ及びその他の地域で行われたリキシャ改良のための努力と、そのいずれもが今まで成功しなかった理由を見ていく。

 リキシャの基本的欠陥は、主に二輪自転車の部品が三輪車のために、つまり、本来設計されていない役割のために使用されているところから発生している。そのため、ギア比は低すぎ、車輪とフレームは弱すぎ、ブレーキは不十分で、かじ取りの仕組みは不適切である。したがって、リキシャを改良する最も良い案は、これら不適切な自転車部品を特別設計のリキシャ専用部品で置き換えることである。しかしながら、この成否は地元の製造業者にかかっているので、第11章ではバングラデシュのリキシャ・自転車製造業について検討する。そして、なぜ大部分の自転車・リキシャ部品が未だに輸入されているのかを調べ、将来の自転車産業を強化する方法について展望する。

第4部:リキシャ産業の人々

 リキシャ産業で働く人々の80%は車夫であり、彼らの生活は苦悩と不確かさに満ちている。したがって本書の主なねらいは、彼らの自助努力を伸ばす道を見いだすことである。このための第一歩は彼らをもっとよく知ることであるから、第4部ではリキシャ産業を構成する人々、特にマレックミステリ、リキシャを所有する実業家(第12章)、そして車夫(第13章)を調査する。

 車夫たちを救済するためにはどうするのが最も良いのだろうか。次の3つの方法で彼らの生活を大きく変えることができる。第一に、政府が心を入れ替え、リキシャがバングラデシュの交通システムの中で重要な役割を担っていることを認識する。第二に、車夫が自分のリキシャを所有するように所有形態を変える。第三に、病気と老齢に対する生活保障を提供できる年金付き保険制度を導入する。本書の最後の数章では、これらの変革を車夫自身の組織を通じて導入する余地があるかどうか見ていく。第14章では車夫の同盟組織を、第15章では車夫の互助組合を概観し、将来どのように発展してゆくかを考える。

文中ベンガル語のまとめ

ウポジラ :ジェラ(県)の下に位置する行政単位

テンプー :ベビータクシーのシャーシを使用したバングラデシュの三輪ミニバス

ベビータクシー :三輪オートリキシャ

マレック :所有者

ミシュック :ホンダの50cc原付をもとに作られるバングラデシュのエンジン付き三輪車(この名称は子鹿を意味するベンガル語から取られた)

ミステリ :整備工または職人

著者紹介

 ロブ・ギャラガー(Rob Gallagher):1951年にイギリス生まれ。バーミンガムで工学を、シェフィールドで都市計画を学ぶ。1978年にバングラデシュ工業技術大学(BUET)都市地域計画学部で教鞭をとるために初めてバングラデシュに来て以来、約10年にわたってバングラデシュに住み、ベンガル語を話し、常にバングラデシュに関わる仕事をし、数々の計画プロジェクトに業績を残す。夫人、娘二人と共に現在イギリスに在住。

訳者あとがき


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