
ジョムナ川を渡るボンゴボンドゥ橋(道路・鉄道を含む多目的橋)の開通に伴い、ジャムトイル・ボンゴボンドゥ橋東間が開通し、シラズゴンジ バザール・シラズゴンジ ガート(埠頭)間の鉄道路線とシラズゴンジ ガート・ジョゴンナトゴンジ ガート間の鉄道フェリーは廃止されました。これにより、ダッカ・ラジシャヒ間のポッダ エクスプレスは東西に分断されました。民間のバスにより乗り継げる可能性が無いわけでもないですが、無保証です。
ボンゴボンドゥ橋東からタンガイルを経由してダッカ北方のジョイデブプールまで新線の建設が2002年8月開通をめざして進められています(この記事の後半を参照)。この間はデュアルゲージ(3線軌条)で建設されます。また、西部地区のブロードゲージ路線を大規模にデュアルゲージ化して東西の直通を図る計画も進められています。
ジョムナ川鉄道フェリー(バハドゥラバード ガート・ティスタムーク ガ−ト間)が水位の低下のより使用不能となっていたのを解消するため、西岸の埠頭が上流のバラシー ガートに移設されました。これに伴い、トリモヒニ・バラシー ガート間が開通、ティスタムーク ガ−ト・ボロトカリ間が廃止されました。ボロトカリ・ボナルパラ間は存続となりました。おそらくボロトカリにある軍施設のためと思われます。
フェニ・ビロニア間
カルカリ・バティアパラ ガート間
パチュリア・フォリドプ−ル間(休止→廃止)
ルプシャ イースト・バゲルハット間
ラルモニルハット・モゴルハット間(休止→廃止)
親インド的な前政権(シェク・ハシナ率いるアワミ・リーグ政権)の間にインドとの鉄道交通は復活に向けて進みました。具体的な成果があらわれたのがジョソール・ベナポール間で、土に埋まり上に人が住み始めていた線路を掘り出して、貨車はインドと直通するようになりました。現在のところ旅客列車は直通していません。ドルショナ経由の国際旅客列車は記念行事的に1回だけ運転されましたが、国家間の協定がまとまらず、計画は頓挫しています。
ローカル駅だったダッカ空港駅にほぼ全列車が停車するようになりました。これにより、ダッカ・ジア国際空港から市内まで鉄道を利用することが(少しは)現実的になりました。最近発展しているダッカ北方ウットラ地区の最寄り駅となります。
コミューターと呼ばれる列車が登場しました。時刻表の上ではメイル&エクスプレスに分類されていますが、従来の列車にくらべて停車駅は少なくなっています。
ティタス コミューター(ダッカ・ブラモンバリア間)
ジャマルプール コミューター(ダッカ・ジャマルプール間)
ベナポール コミューター(クルナ・ベナポール間)
ニルファマリ止まりだったインターシティ ティトゥミールが国境近くのチラハティまで運転されるようになりました。